(気候変動コンサルティングレポートVol.3)平年値の変化からみた気候変動
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1.もうすぐ「平年」が変わります
天気予報でよく聞く「明日の気温は平年並み」や「2月上旬並みの寒さ」…といった言葉、これらは「平年値」と比較して表現しています。この基準となる平年値は、2021年5月19日から新しい値が使われるようになります。ここで使う平年値は「30年分の統計による平均的な値」ですが、毎年更新するものではありません。平年値は、WMO(世界気象機関)のルール「西暦末尾がゼロの年までのデータが揃った段階で更新」に従い算出されます。つまり、昨年2020年の末までのデータ整理がひととおり済んだこのタイミングで切り替わる、というわけです。今回の更新で、平年値は1981~2010年の統計値(以下:旧平年値)から、1991~2020年の統計値(以下:新平年値)に変わります。
平年値は気温だけではありません。「先月は平年の2倍の雨が降った」という表現があるように、降水量や日照時間なども平年値が決められています。本レポートでは、地球温暖化が話題となる昨今、もっとも気になる要素である気温に着目します。そこで、新・旧の平年値を比べてみると、東京では年平均気温の新平年値は旧平年値より0.4℃高い15.8℃となるようです。また、地点や月別にみると、もっと上昇が目立つケースもあるようです。この一例として、図1に青森の7月の月平均気温を示しています。7月の月平均気温は、新平年値が0.7℃も上昇していることがわかります。このように、毎年の値からも近年の高温傾向がはっきりわかる事例もあるので、次の節では詳細な状況をみていくことにしましょう。

また、平年値の更新では「階級区分値」も更新されます。「階級区分値」とは「かなり高い」「低い」といった表現をするために使う値です。例えば、「今月の平均気温は、平年に比べかなり高い」とは、30年間の毎年の月平均気温を大きさの順にならべたとき、今月の平均気温が上位10%以内に該当するときの表現になります。同様に、「平年並み」は中央の1/3に入る場合であり、「かなり高い」は上位10%以内、「かなり低い」は下位10%以内の場合です。「平年並み」と「かなり」の間は、単に「高い」または「低い」と表します。
この階級区分値が、新・旧でどう変わったか見てみましょう。例として、図2に青森の7月の平均気温を整理しました。旧階級区分では「高い」範囲にある1992年、1995年、1999年が、新しい階級区分では「平年並み」の範囲になります。同じように旧階級区分では平年並みだった1991年、1998年は、新階級区分では「低い」の範囲になります。今後も毎年のように気温が上がっていくと、旧階級区分の基準では「かなり高い」階級区分に入るような値が、将来には「平年並み」があたりまえになるかもしれません。

2.気温上昇の「むら(不均一)」:季節の移ろいが変わる?
「温暖化」といっても各地のいろいろな気温が同じように上がるわけではないことは、ある程度知られていると思います。今回の更新により、年平均気温で新旧の平年値の差は北日本や東日本では+0.3~+0.5℃の地点が多くみられました。また、西日本では上昇の幅がやや小さい傾向がみられ+0.2℃程度に留まる地点もありました。これは地域による違い、つまり空間的に気温上昇の「むら(不均一)」が見られる一例です。

一方、気温上昇の「むら(不均一)」には、時期的な「むら(不均一)」も見られます。ここでは図3に示すように、国内で気温上昇の大きい「北海道と東北6県」を例として、「月別」の平年値の違いの図(新旧の差)を作成しました。この図は、各道県にある管区気象台・地方気象台の観測値を比較しています。地点によって多少の違いがあるものの、上昇が目立つ月(3月や7月など)とそうでもない月(4月、8月、12月など)があることがわかります。とくに12月は、ほとんど上昇しない、あるいは若干低下する地点もあります。また4月、8月は直前の月の上昇が顕著なだけに、違いが際立っています。
このような時期的な気温上昇の「むら(不均一)」は、どのような影響を及ぼすでしょうか。たとえば、3月がどんどん暖かくなるのに、4月はこれまでとあまり変わらないということは、春の訪れのペースが変わりつつあるといえるかもしれません。このことは、とくに植物の成長や農業に影響しそうです。
冬を乗り切るため、種子や冬芽として寒さに強い状態を保っていた植物が、温度上昇を感じて芽吹きや開花などに向けて活動しはじめます。初春の暖かさで「安心して」成長しはじめた植物が、その後の寒の戻りでダメージを受ける可能性が高くなるかもしれません。また、農作物では遅霜などの被害につながります。

実際に、今年(2021年)の4月前半には山形県で果樹(さくらんぼ)への霜の被害のニュースがありました。山形地方気象台の日最低気温の推移をみると、図4のとおり、3月は平年を大きく上回る暖かさが続いたのに、4月は一転して低くなりました。新旧平年値の差異でみた3月と4月の違いと同じような傾向を示しています。もし、今後、気候変動に伴ってこのようなことが起こりやすくなるとすれば、これまでとは異なる対応を考える必要があります。
健康影響としては初夏の高温が気になります。図3をみると7月だけでなく5~6月も上昇が大きい地点が多いですね。身体が暑さに慣れていないうえ、太陽高度は8月より高く日ざしが強い時期です。これまでも初夏の運動会などで児童が熱中症で救急搬送される例が複数報告されています。今後は、いっそう注意したほうがよいでしょう。
その他、8月の上昇が鈍いことに伴う農産物収穫への影響、秋の高温による紅葉の遅れ、12月の寒波襲来による大雪がもたらす年末の交通障害など、暮らしへのさまざまな影響が考えられます。
3.さらに長期の傾向と、データをみる際に注意すべき点について
◆さらに長期の傾向は?
平年値の統計期間である30年を超える長期間の状況変化を、夏の暑さで有名な埼玉県の熊谷を例にみてみましょう。
図5(1)は熊谷地方気象台の、100年間の「真夏日」(日最高気温30℃以上)の日数推移を色分け表示したものです。図の右側、つまり現在に近い直近の年代となるにつれ、初夏や晩夏の時期にまで出現期間が長期化していく傾向が顕著になっています。10年間を合計した真夏日の日数が「10日以上」となる時期(平均して各年1日以上出現する時期)は、1960年代まではほぼ6月末から9月初頭に限られていました。最近では5月下旬から9月半ばまでと長期化し、とくに初夏への拡大が目立ちます。
図5(2)では同様に熊谷地方気象台の「猛暑日」(日最高気温35℃以上)と「熱帯夜」(日最低気温25℃以上)の日数推移を示しました。これらの図でも1990年代ころから盛夏期の日数増加や出現期間が長期化する傾向が顕著になっています。熊谷は内陸にあり昼夜の気温差が大きい傾向があります。そのため、昼が暑いわりには熱帯夜の出現は比較的少なかったのですが、1990年代以降、急増していることがわかります。
前項でも少しふれましたが、初夏の日中や盛夏期の夜間において、これまで以上に熱中症に注意する必要があると考えられます。



◆統計をとる/みるときに注意したいこと
図5のそれぞれの図の右半分を隠してみると、期間の半ば頃まではいまから100年前(図の左端、1920年代)とくらべて、さほど大きい変化は現れていないことがわかります。温暖化といっても一定のペースで気温が上がってきたわけではありません。気候はもともと数年から数十年の周期で変動しています。長期予報の解説などでときどき耳にする「エルニーニョ/ラニーニャ」現象は、この変動の一例です。一方、人間活動に伴う温室効果ガス増加の影響によって、じわじわと気温が上昇していく傾向があります。この2つが重なるので、実際の動きはかなり複雑になります。いわば「長期のむら(不均一)」と言えるかもしれません。


図6(上)は、図5と同じ熊谷の1921~2020年の年平均気温の推移です。上がったり下がったり変動しつつ徐々に上昇する傾向にあり、直線で近似すると図中の赤線のようになります。この直線の傾きが0.026ということは1年あたり0.026℃(100年では2.6℃)のペースで上がっていることになります。
ところが統計期間を変えるとだいぶ結果・印象が変わってしまいます。皆さんよくご存知のアメダスは、1970年代末から観測が始まりました。この期間にあわせて1978~2020年で同じように統計した下図では傾き(青の回帰直線)が急になり、上昇ペースが上図の1.7倍(100年で4.4℃)に見積もられます。
上図をよくみると1970年代から80年代前半では年々の折れ線が赤の直線の下にあり、前後の期間と比較して気温上昇傾向が不明瞭となっています。
アメダス地点のデータで気温を解析すると、この気温上昇が停滞していた低温期からスタートになるので、現在までの気温上昇率が大きめに算定されることが多くなります。気候変動の解析に際し、アメダス地点どうしの比較でなく、気象官署などもっと長期のデータがある地点と比較する場合には注意が必要です。
なお、長期のデータを使って検討するとき、観測地点の移転などにも気をつける必要があります。例えば、2014年12月に、東京管区気象台の気温観測地点が大手町から北の丸公園に移りました。この影響は、図7に示す100年間の年平均気温の推移でも把握ができます。2014年以降、回帰直線を下回るケースが多くなっており、図6(上)に示した熊谷とは異なる動きを示しています。

さらに詳しくみるために、地点の移設がなかった熊谷と東京の年平均気温の相関関係を図8に整理しました。この図のとおり、赤丸で囲った2015年以降は明らかに傾向が異なります。東京の観測地点が大手町から北の丸公園に移ったことにより周辺環境が変化し、2014年までの関係から変化したことがわかります。
なお、東京の観測地点の移転の影響は、下記に説明があります。
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/minkan/koushu141114/shiryou1.pdf

東京は移転によって観測地点の周辺環境が大きく変化しました。観測地点の移転を伴わない場合でも、都市化や観測地点周辺の環境の変化によっても、観測値に影響がある場合があります。長期的な気象の変化を把握するためには、移転・周辺環境の変化なども考慮して、分析を行うことも重要な注意点となります。
4.まとめと、気候変動分野における日本気象協会の取り組み
このように地球温暖化や気候変動に関するさまざまなデータは、人為的要因による気候の変化だけでなく、自然そのものの変動やばらつきが重なって現れるうえ、観測場所の条件にも左右されることもあって、とても複雑な状況となっています。データをもとに解析したり、それを文献や他の地点の結果と比較したりする際には、データの選びかたや統計・考察の方法の妥当性をよく吟味しないと、間違った結論を導いてしまう可能性もあります。
日本気象協会は、長年にわたって培ってきた、気象・水文分野に関する豊富な知見や気象調査とその解析の経験を活かして、地球温暖化・気候変動関連分野について、専門的見地から各種の支援・コンサルティングを実施しています。本レポートで例示したような複雑な状況に対する、適切な検討・考察も行っています。
国として脱炭素の目標が定まり、持続可能な社会づくりが求められるなか、気候変動問題への対応で悩んでおられる企業や組織も多いのではないかと思います。
日本気象協会には、気候変動分野の豊富な知見と対応の実績を有する気象環境コンサルタントが多く在籍しており、さまざまなお客様のビジネスに関連する気候変動の影響評価や適応策検討を、プロの視点からお手伝いします。企業や組織内における、気候変動影響や適応策に関するセミナー等のご依頼にも対応が可能です。
下記のお問合せ先までお気軽にご相談ください。
◆今回のプロフェッショナルパートナーズ・レポート執筆者
![]() | 一般財団法人 日本気象協会 環境・エネルギー事業部 専任主任技師 林 宏典(はやし ひろのり) 東京大学大学院 理学系研究科 地球物理学専攻 修士課程修了 入社以来、大気環境、再生可能エネルギー、気象予測等、広範な分野に従事。 近年は気候変動関係、熱中症関連の調査等を主に担当している。 |
PDFダウンロード:【日本気象協会レポート】平年値の変化からみた気候変動_