日本域における精度の高い統計的季節予報手法を開発
Press Release
報道関係者各位
一般財団法人 日本気象協会
国立大学法人筑波大学
一般財団法人 日本気象協会(本社:東京都豊島区、理事長:渡邊 一洋、以下「日本気象協会」)は、国立大学法人筑波大学生命環境系の植田宏昭教授による助言・協力のもと、日本域の月別の平均気温、降水量、日照時間について1年先を超えて精度高く予測する機械学習モデルを開発し、筑波大学と特許を共同出願しました。従来の予測手法と比べて誤差が20~40%改善し、1年先を超えて有意な相関を持つ予測が可能となりました。
研究の背景
産業における生産計画は半年から1年以上前に立てられます。しかし、実際には需要が天候に大きく左右されることも多く、無駄な生産に伴う廃棄ロスや二酸化炭素(CO2)の排出が問題となっています。また、気候変動により熱波や豪雨など極端な天候が増えている昨今は、こうした問題がより深刻化しており、1カ月以上先を予測する季節予報のニーズはますます高まっています。
ところが、月平均や季節平均の天候を予想する季節予報は、その特性が理解しにくいことや、日本列島が位置する中緯度においては極端な高温や低温、多雨や日照不足といった予測が難しいことなどから、社会実装は進んでいませんでした。一方で、大気海洋結合モデルにおける熱帯域の予測精度は中緯度よりも高く、筑波大学生命環境系の植田宏昭教授(気候学・気象学)の研究成果によれば、海盆間相互作用の結果である積雲対流活動を指標とすることで、東アジアの気温や降水量(Ueda et al. 2015; Ueda et al. 2021; Kuramochi et al. 2021)、さらには西太平洋の台風の発生(Ueda et al. 2018; 植田・釜江 2018)などと高い相関が得られることが分かっています。
日本気象協会では、植田宏昭教授による助言・協力のもと、大気海洋結合モデル※注1)による予測値の中でも予測精度が高く、日本の天候と相関の高い熱帯・亜熱帯域の対流活動や海面水温を指標に含めた機械学習による日本域の季節予報手法を開発しました。
研究内容と成果
熱帯・亜熱帯の対流活動※注2)(外向き長波放射量:OLR※注3))と海面水温(SST)について、日本の月平均気温や日照時間、降水量との相関分析を行ったところ、有意な相関を持つエリアが複数あり、SSTよりもOLRのほうが高い相関が得られました。また、大気海洋結合モデルによるOLRの予測精度を調べたところ、中緯度よりも予測精度が高いことが分かりました。
そこで本研究では、大気海洋結合モデルによるOLRの予測値をエリアごとに平均して指標化し、月別、エリア別[(北日本・東日本・西日本)×(太平洋側・日本海側)の計6エリア]の平均気温、日照時間、降水量を最も精度高く予測できる指標を機械学習により抽出し、予測式を作成しました。
その結果、大気海洋結合モデルにおける日本域の直上格子点の予測値を指標とした従来手法の予測と比較して、誤差の改善が見られました。
さらにOLRとSSTについて、日本の月平均気温・降水量・日照時間とのラグ相関を調べたところ、1年以上さかのぼっても有意な相関を持つエリアが得られました。そこで、OLRとSSTについて、タイムラグを含めて指標化し予測式に加えたところ、従来手法よりも誤差(RMSE)が20~40%改善し、1年先を超えて有意な相関を持つ予測が可能となることが分かりました。
今後の展開
本研究で開発した予測手法は、夏のオホーツク海高気圧や冬の北極振動など大気の内部変動に起因する現象が卓越する場合や、統計に当てはまらない事象が起きた場合には、予測誤差が大きくなります。今後、日本気象協会では、予測誤差が大きくなるパターンを整理し、予測の下振れリスクや上振れリスクの評価を行うことで、情報の実用性を向上させていきます。
参考図
図1は、予測式の作成方法における従来手法と本研究の手法の違いを示します。一般的な従来手法では、数値予報モデルにおける日本の直上格子点の予測値と、日本の観測データを学習させることで予測式を作成しますが、本研究の手法は、熱帯・亜熱帯の対流活動や海面水温の解析値や予測値を指標として、日本の観測データを学習させることで予測式を作成しています。
図2は、従来手法と本研究の手法における東日本太平洋側の7月の月平均気温(線形トレンドからの偏差)と総降水量(平年比)の6カ月前時点での予測結果を示します。従来手法とは、本研究で用いた数値予報モデル(ECMWF SetV-SEAS)における予測対象月、予測対象エリアの直上格子点の要素(地上気温と降水量)のアンサンブル平均値をそれぞれに説明変数とした単回帰モデルによる予測です。予測の誤差(RMSE)は、本研究の手法を用いることで、従来手法より大きく改善しています。
用語解説
注1)大気海洋結合モデル
1カ月を超える予報においては、エルニーニョ・ラニーニャ現象等のような海洋の変動も、大気の変動と併せて予報することが必要になるため、大気モデルと海洋モデルを結合し、大気と海洋を一体として予測する大気海洋結合モデルを使用している。
※参考:気象庁ホームページ(https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/whitep/1-3-7.html)
注2)熱帯の対流活動
季節予報や気候系監視では、熱帯における大規模な積雲対流群の活動を、熱帯の対流活動と呼ぶ。エルニーニョ現象やモンスーンなど熱帯域の大気と深い関係があるほか、中緯度の大気の流れに大きな影響を与える。
※参考:気象庁ホームページ(https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/yougo_hp/haichi4.html)
注3)外向き長波放射量(OLR:Outgoing Longwave Radiation)
極軌道衛星によって観測される地表面や雲頂から放射される赤外線のエネルギー量を指し、物質の温度が低いほどそのエネルギーは弱くなる。赤道域で上空1万メートルにも到達する積乱雲の頂上は、それより背の低い雲に比べると温度が低いため、雲頂から放出されるOLRは小さくなる。つまり、OLRが小さいことは、対流活動が活発で降水が多いことを意味する。
※参考:気象庁ホームページ(https://www.data.jma.go.jp/gmd/cpd/data/elnino/learning/faq/faq3.html)
参考文献
Ueda, H., Y. Kamae, M. Hayasaki, A. Kitoh, S. Watanabe, Y. Miki, and A. Kumai, 2015: Combined effects of recent Pacific cooling and Indian Ocean warming on the Asian monsoon. Nature Communications, 6, 8854, doi:10.1038/ncomms9854.
https://www.u.tsukuba.ac.jp/~ueda.hiroaki.gm/images/Ueda_Nature-C_press_final.pdf
https://www.nature.com/articles/ncomms9854
http://www.natureasia.com/ja-jp/ncomms/abstracts/71162
Ueda, H., A. Kibe, M. Saito and T. Inoue, 2015: Snowfall variations in Japan and its linkage with tropical forcing. Int. J. Climatol., 35, 991-998, doi:10.1002/joc.4032.
https://www.u.tsukuba.ac.jp/~ueda.hiroaki.gm/images/Ueda_Snow2015_Outreach.pdf
https://rmets.onlinelibrary.wiley.com/doi/epdf/10.1002/joc.4032
Ueda, H., K. Miwa, and Y. Kamae, 2018: Seasonal modulation of tropical cyclone occurrence associated with coherent Indo-Pacific variability during decaying phase of El Niño. J. Meteor. Soc Japan, 96, 381-390.
https://www.u.tsukuba.ac.jp/~ueda.hiroaki.gm/id/180514__final.pdf
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jmsj/96/4/96_2018-044/_article/-char/en
植田宏昭・釜江陽一, 2018: 2015, 2016年における台風発生数の季節的な変調, 天気, 65, 749-753.
https://www.metsoc.jp/tenki/pdf/2018/2018_11_0031.pdf
Ueda, H., M. Yokoi, M. Kuramochi, 2021: Enhanced subtropical anticyclone over the Indo–Pacific Ocean associated with stagnation of the Meiyu–Baiu rainband during summer, 2020. SOLA, 17B, 14−18, doi:10.2151/sola.17B-002.
https://www.tsukuba.ac.jp/journal/biology-environment/20210915140000.html
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sola/17B/Special_Edition/17B_17B-002/_article/-char/ja
Kuramochi, M., H. Ueda, C. Kobayashi, Y. Kamae, K. Takaya, 2021: Anomalous Warm Winter 2019/2020 over East Asia associated with Trans-basin Indo-Pacific connections. SOLA, 17B, 9−13, doi:10.2151/sola.17B-001.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sola/17B/Special_Edition/17B_17B-001/_article
https://www.tsukuba.ac.jp/journal/biology-environment/20210915140500.html