(商品需要予測コンサルティングレポートVol.7)低温一転猛暑へ 2020年夏の商品需要を振り返る 社会的要因(外出自粛)と気象の要因を評価
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2020年春以降、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う外出自粛などの影響で消費行動が大きく変わり、商品需要は大きく変動しています。一方、気象も変動が激しく、とくに今年の夏は、夏商材の需要がピークとなる7月は記録的な多雨と日照不足に見舞われましたが、8月は一転して記録的な猛暑となるなど、寒暖の変化も商品需要に大きな影響を与えました。
商品の欠品のほか、過剰な在庫や廃棄ロスを削減するためには、こうした外出自粛などの社会的要因や気象要因による需要の変動を定量的に把握し、気象情報を活用した適切な生産計画を立てることが必要です。
商品需要予測コンサルティングレポート7回目の今回は、企業の皆さまに、今年夏の需要変動を振り返り、気象データを使ったシミュレーション結果から、今年夏の外出自粛などの社会的要因や気象要因が商品需要に与えた影響について解説します。
なお日本気象協会では、株式会社インテージの保有する全国小売店販売データ(SRI)を用いた製造業向け簡易版商品需要予測サービス「お天気マーケット予報」を開発し、気象予測に基づき約260カテゴリにおける15週先までの需要予測を行っています。本レポートでは最後に今年7月より追加した、社会的要因による需要の変動をリアルタイムに反映した予測情報についても紹介します。
1.顕著な低温から一転、記録的な猛暑へ
図1は、今年(2020年)夏の全国の週平均気温の推移です。7月は梅雨前線の停滞が長期化し「令和2年7月豪雨」が発生したほか、東日本と西日本では1946年の統計開始以降もっとも雨が多く、日照が少ない一カ月となり、天候不順となった前年(2019年)をさらに下回る気温で推移しました。一方、8月に入ると梅雨明けとともに一転して猛暑となり、東日本と西日本では統計開始以降もっとも暑い8月となりました。
7月・8月を合わせた全国の平均気温は、前年が26.0℃、今年は26.2℃と、トータルでは大きく変わらない結果となりましたが、実際の需要はどのように変化したのでしょうか。まずは、7月、8月それぞれにおいて、前年からの変化をみてみましょう。
2. 低温で推移した7月の商品需要
前年よりも低温で推移した7月の商品需要は前年からどのような変化があったのでしょうか。前年より売り上げが伸びた商材と伸びなかった商材を見てみましょう。
暖色:夏商材(主に夏に売り上げのピークがあり、気温が高いほど売り上げが伸びる商材)
寒色:冬商材(主に冬に売り上げのピークがあり、夏は気温が低いほど売り上げが伸びる商材)
※インテージSRIデータ(金額ベース)より日本気象協会が独自に算出
商材には大きく分けて、夏商材(主に夏に売り上げのピークがあり、気温が高いほど売り上げが伸びる商材)と冬商材(主に冬に売り上げのピークがあり、夏は気温が低いほど売り上げが伸びる商材)があります。気温が低かった7月は、夏商材の売り上げが伸びず、冬商材の売り上げが伸びることが予想されましたが、実際には、需要が例年と違う動きをした商材が多くありました。
前年より売り上げが伸びた商材(表1:左)には、ホイップクリームや防水&撥水剤、レギュラーコーヒーやシチューなどの冬商材が多くランクインしましたが、殺虫剤などの夏商材も複数ランクインしているのが分かります。低温にも関わらず、夏商材である殺虫剤が売れた背景には、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う外出自粛により、家庭内での需要が増えたことが影響しているでしょう。そのほか、サイダー、乾麺、シロップ類などが伸びたのも、家庭内での食事が増えたことが影響していると考えられます。
また、前年より売り上げが伸びなかった商材(表1:右)には、日焼け&日焼け止め、スポーツドリンク、アイスクリームなどの夏商材が並びましたが、意外にももっとも売り上げが伸びなかったのは冬商材である総合感冒薬でした。例年気温の低い夏には売り上げが伸びる総合感冒薬ですが、今年の7月に売り上げが伸びなかった背景には、新型コロナウイルスの感染拡大が始まった春以降に買いだめされたものが家庭内に備蓄されていることや、感染予防策として手洗いやマスク着用の習慣が広がったことにより、風邪をひく人が少なくなっていることも影響しているでしょう。
3. 記録的猛暑となった8月の商品需要
7月から一転して記録的猛暑となり、前年よりも高温で推移した8月の商品需要は前年からどのような変化があったのでしょうか。前年より売り上げが伸びた商材と伸びなかった商材を見てみましょう。
暖色:夏商材(主に夏に売り上げのピークがあり、気温が高いほど売り上げが伸びる商材)
寒色:冬商材(主に冬に売り上げのピークがあり、夏は気温が低いほど売り上げが伸びる商材)
※インテージSRIデータ(金額ベース)より日本気象協会が独自に算出
7月から一転して、前年より売り上げが伸びた商材(表2:左)には、かき氷にかける練りミルクや、アイスクリームなどの夏商材が多くランクインしました。一方で、ホイップクリームやプレミックス、レギュラーコーヒーや袋インスタント麺など、気温が低いほうが売れるはずの冬商材も複数ランクインしました。
前年より売り上げが伸びなかった商材(表2:右)には、冬商材である総合感冒薬やシチュー、カップインスタント麺などがランクインしましたが、果汁飲料や日焼け&日焼け止め、制汗剤、スポーツドリンクなどの夏商材も多くランクインしました。猛暑にも関わらず冬商材が伸び、夏商材が伸び悩んだ背景には、やはり屋外活動の自粛の影響があるでしょう。同じインスタント麺でも、家庭内で食べることが多い袋インスタント麺は売り上げが伸び、屋外で食べることもできるカップインスタント麺は売り上げが伸びなかったことからも、今年の夏は家庭内で過ごした人が多かったことが伺えます。
4. 社会的要因を定量的に評価する
このように、商品の売り上げには、外出自粛などの社会的要因と気象による変動の両方の影響が含まれます。単純に売り上げを前年と比較するだけでは、どちらの影響をどれくらい受けているかは分かりません。
そこで、実際の気象データを使って過去の売り上げをシミュレーションすることで、気象要因と社会的要因を切り分けて、定量的に評価することが可能です。
※インテージSRIデータ(金額ベース)より日本気象協会が独自に算出、pt=ポイント
表3は、夏商材について、7月・8月の観測気温を用いて売り上げをシミュレーションした結果(A)と、実際の売り上げ(B)との比較です。この気象を使ったシミュレーション結果と実際の売り上げとの差((B)-(A))は、外出自粛などの社会的要因によるものととらえることができます。
すでに述べた通り、今年は7月・8月を合わせた平均気温は、前年と同じくらいでした。観測気温によるシミュレーション結果に着目すると、前年比は100%前後に収まっている商材も多く、7月の低温による落ち込みと、8月の高温による伸びが相殺される予想になっています。ところが、シミュレーション結果と、実際の売り上げを照らし合わせてみると、大きく異なっていることが分かります。
たとえば、中国茶は、シミュレーション結果では前年比101.5%と予想されましたが、実際の売り上げは前年比134.6%と予想を大きく上回り、その差33.0ポイントが、外出自粛などの社会的要因による売り上げの増加と評価できます。同様に殺虫剤は12ポイントの増加、練りミルクは5.8%の増加となりました。一方、外出自粛などの社会的要因による需要の減少が大きかった夏商材は果汁飲料で13.6ポイント減、コーラが12ポイント減などで、スポーツドリンク、栄養ドリンクやドリンク剤も、外出自粛などの影響による減少がみられました。
また、日焼け&日焼け止めは、実際の前年比は84.2%で、これだけを見れば15.8ポイントの落ち込みに見えますが、気象を使ったシミュレーション結果でも前年比87.9%が予想されているため、大半は7月の低温による落ち込みによるもので、外出自粛などの影響は3.7ポイント減にとどまっていると言えます。同じく制汗剤も、前年比88.6%と落ち込みましたが、大半は気象の影響によるもので、外出自粛などの影響は4.7ポイント減であることが分かります。
※インテージSRIデータ(金額ベース)より日本気象協会が独自に算出、pt=ポイント
表4は、同様に冬商材について、7月・8月の売り上げをシミュレーションした結果と実際の売り上げとの比較です。外出自粛など何らかの社会的要因により需要がもっとも伸びたのは防水&撥水剤で26.7ポイントの増加でした。防水&撥水剤は例年梅雨入りの6月に雨が多いほど売り上げが伸び、7月から8月にかけては売り上げが落ちる商材です。今年は外出自粛が影響したためか6月まで売り上げは前年割れで推移していましたが、7月に入り需要がいっきに伸びました。7月に雨が多かったことに加えて、それまで家庭内在庫が不足していたことが、予想以上の売り上げ増加に影響したと考えられます。そのほか、レギュラーコーヒーで14.6ポイントの増加、ホイップクリームは9.4ポイントの増加となった一方で、総合感冒薬は21.1ポイントの減少、カップインスタント麺で3.0ポイントの減少と、同じ冬商材でも明暗が分かれました。
5. 「お天気マーケット予報」により社会的要因による変動を監視
日本気象協会では、株式会社インテージの保有する全国小売店販売データ(SRI)を用いた製造業向け簡易版商品需要予測サービス「お天気マーケット予報」を開発し、気象予測に基づき約260カテゴリにおける15週先までの需要予測を行っています。新型コロナウイルスの感染拡大に伴い消費行動が刻々と変化していることを踏まえ、今年7月より、こうした社会的要因による需要の変化をリアルタイムに反映した4週先までの予測を追加ました。
2020年9月18日時点での「お天気マーケット予報」によるスポーツドリンクの需要予測です。社会状況が前年と変わらないと仮定した15週先までの予測(青)と、直近の社会的要因による変動を定量的に評価して反映した4週先までの予測(橙)を提供しています。
これにより、社会的要因による変動と気象要因による変動をリアルタイムに監視しながら、細かな生産調整を行うことが可能になります。
「お天気マーケット予報」では今後も、気象予測を用いた予測をベースに、社会的要因によるトレンドの変化を監視しながらサポートを行ってまいります。
6. 日本気象協会の「eco×ロジ」プロジェクトについて
近年、飛躍的に精度が向上している天気予報は、この15年で30%も精度が向上しているといわれています。
日本気象協会では独自の気象予報も開発しており、無償で公開している気象情報よりも高度化した、最大6カ月先までの予測情報を提供しています。
日本気象協会の「eco×ロジ」プロジェクトでは、これらの高度化した気象のデータと商品の販売データなどを解析することにより、未来の商品需要量を高精度で予測する「商品需要予測」を行っています。
あらかじめ必要な商品の量がわかれば、つくりすぎによる食品ロスや製品の廃棄量を減らすことができます。
また年間計画立案時やマーケティング部門でのシーズン商品の立ち上がり・終売の予測に気象情報を活用することで、販売・広告戦略に活用いただけます。「お天気マーケット予報」もこの「eco×ロジ」プロジェクトのサービスの一つです。
日本気象協会ではSDGsで掲げられている「目標12:つくる責任 つかう責任」の達成に向けて、活動を続けてまいります。
一般財団法人 日本気象協会 社会・防災事業部 シニアデータアナリスト 気象予報士・データ解析士・健康気象アドバイザー・防災士 小越(おこし) 久美(くみ) 筑波大学第一学群自然学類地球科学(気候学・気象学)専攻卒業。 2004年から2013年まで、日本テレビ「日テレNEWS24」にて気象キャスターを務める。 現在は日本気象協会の商品需要予測事業にて、食品、日用品、アパレル業界などのマーケティング向け解析や商品の需要予測を行い、さまざまな企業の課題を解決するコンサルティングを行っている。 著書に「かき氷前線予報します~お天気お姉さんのマーケティング~」「天気が悪いとカラダもココロも絶不調 低気圧女子の処方せん」がある。 |
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