(防災レポート Vol.9)線状降水帯情報に関する住民の受け止め方に関する調査
Report
日本気象協会は、線状降水帯情報の発信のあり方について検討するため、2021年3月にインターネットアンケート調査を利用して「線状降水帯」に関する情報が発信された場合の住民の危険度認識について調査を行いました。
その結果、以下のことがわかりました。
- 線状降水帯の現象を正しく理解できている人は約5割にとどまった。
- 線状降水帯が判定されたことを表す楕円を表示することは、楕円近傍の地点で危険度認識を高める効果があることが確認された。
- 一方で、極めて危険な雨量となっていても、線状降水帯の範囲外の地点ではそれが「安全情報」として認識されてしまう可能性があることが示唆された。
1.はじめに
平成29年7月九州北部豪雨、平成30年7月豪雨、令和2年7月豪雨と、近年、線状降水帯の発生とそれに伴う豪雨被害が発生しています。線状降水帯は、その発生を予測することは難しく、一度発生すると長時間にわたって強い雨の範囲が停滞し、その地点での雨量が増えることが特徴です。
甚大な被害をもたらすおそれがある線状降水帯ですが、その現象については、気象庁の予報用語で以下のように説明されています。
「次々と発生する発達した雨雲(積乱雲)が列をなした、組織化した積乱雲群によって、数時間にわたってほぼ同じ場所を通過または停滞することで作り出される、線状に伸びる長さ50~300km程度、幅20~50km程度の強い降水をともなう雨域」
一方で、線状降水帯の抽出条件については各研究機関において検討がなされており、現在も統一的な定義は定まっていません。日本気象協会は、「内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第2期 『国家レジリエンス(防災・減災)の強化』」の研究課題である「線状降水帯の早期発生及び発達予測情報の高度化と利活用に関する研究」に参加し、令和2年7月豪雨事例での解析において以下の条件を用いて線状降水帯を定義※1 し、防災レポートVol.5( https://www.jwa.or.jp/news/2020/07/10461/ )で報告しています。
抽出条件
① 3時間積算降水量が80mm以上の分布域が線状(長軸対短軸の比が2以上)
② その面積が500km2以上
③ ①の領域内の3時間積算降水量の最大値が100mm以上
・抽出後に時空間的な連続性が高いものは同一のものとみなす
・3時間積算雨量の作成には、速報版解析雨量(格子サイズ:1km、更新間隔:10分)を利用
※1 気象庁報道発表 ”「平成30年7月豪雨」及び7月中旬以降の記録的な高温の特徴と要因について” においても同様の定義が用いられているが、オーソライズされた定義は存在しない。
このように、日本気象協会は線状降水帯の自動検出技術の開発に取り組み、豪雨災害の軽減に資する情報を検討していました。一方で、「線状降水帯に関する情報」を発信することで、受け手にどのような解釈をされる可能性があるのかといった検討は、これまでなされておらず、情報の発信のあり方については十分な留意が必要でした。
そこで、日本気象協会では、インターネットアンケート調査を利用して、線状降水帯に関する情報が発信された場合の住民の危険度認識について調査を行い、線状降水帯情報の発信のあり方について検討を行いました。
2.調査概要
今回の調査では、楽天インサイト株式会社の協力を得て、九州7県(沖縄を除く)の住民を対象にインターネットアンケート調査を行いました。調査日は2021年3月25日(木)~29日(月)で、アンケート回答数は900サンプルでした。
3.調査結果
(1) 線状降水帯に関する理解度
回答者全員に、「線状降水帯」はどのような気象現象だと思うか、下記の4つの中からもっともあてはまると思うものを1つ選んでもらいました。
① 同じような場所で数時間にわたり強く降り、100mmから数百mmの雨量をもたらす雨。
② 次々と発生する発達した積乱雲の集まりが、数時間にわたってほぼ同じ場所を通過または停滞する、線状に伸びる強い降水域。
③ 急に強く降り、数十分の短時間に狭い範囲に数十mm程度の雨量をもたらす雨。
④ わからない
この中で線状降水帯についての正しい記述は、②になりますが、図1に示したように、アンケート回答者900サンプルのうち、正解を選択したのは約5割にとどまりました。線状降水帯に関する正しい理解を深めるために、さらなる情報の発信が必要であると言えます。
(2) 線状降水帯情報による危険度認識への影響
1.はじめに、で説明した条件(*)を用いて抽出した線状降水帯の情報を一般住民の方に提示した場合、危険度認識がどのように異なるのかを調査しました。ここでは、アンケート回答者を300サンプルずつ3グループに分け、各グループには図2に示すいずれかのパターンで、雨量分布や線状降水帯の発生を示す情報等を記した図を提示し、地図上の地点A~Eの5地点における「人的被害が発生するような災害が起きる危険度」を10段階で回答してもらいました。
地点別・提示パターン別の危険度回答状況を図3に示します。
図3の結果から考察をまとめると、以下のようになります。
・地点A~Dでは、パターン①よりも②③の方が「危険度大」と回答する傾向が多かった。つまり、線状降水帯が判定されたことを表す楕円を表示することは、楕円近傍の地点で危険度認識を高める効果があることが確認された。
・一方で、「前3時間雨量」が地点Cと同程度に高かった地点Eでは、線状降水帯と判定された楕円の外側であったために、「楕円表示なし」に比べて危険度大と回答する割合が減少した。すなわち、同じ災害危険度であったとしても、線状降水帯が発生していない地域では「安全情報」として捉えられる可能性があることが示唆された。
・ただし、線状降水帯に関する解説情報を加える(パターン③)と、線状降水帯の楕円のみを表示する場合(パターン②)に比べて、地点Eの危険度を大と認識する割合の減少は小さくなった。線状降水帯と判定された範囲の外であっても災害発生の危険性があることなど、解説情報を付記した上で情報発信することが重要である。
・強雨域や線状降水帯から離れた地点Aにあっても、線状降水帯の発生を示す楕円を表示した方が危険度認識はやや高まる可能性が示された。したがって、当該地点ではまだ強雨となっていなくても、海上や遠方で線状降水帯が発生していることを伝えることで、警戒感を高める一定の効果があることが示唆された。
このことから、線状降水帯の発生の有無にかかわらず、ある地点、時点での災害危険度は、あくまでもその地点、時点での累積雨量やその既往最大比、危険度分布等で判断する必要があると言えます。一方で、線状降水帯は「長く停滞する可能性がある」ことが特徴で、その時点で線状降水帯がかかっていない地域であっても、その後大雨が続く可能性があるため、周辺地域にも警戒を呼び掛けることが必須であると考えます。
4.おわりに
日本気象協会では今回の調査結果を参考に、線状降水帯や豪雨の発生時における情報発信のあり方についてさらに検討を行い、防災・減災に資する効果的な情報の発信・提供に努めて参ります。
※本調査は、科学研究費補助金(18H03793,代表:片田敏孝)の助成を受けたものです。
<参考>
(防災レポートVol.5) 令和2年7月豪雨における降水量の特徴(速報)
ー 線状降水帯、異例の11時間以上継続 ー https://www.jwa.or.jp/news/2020/07/10461/
本間 基寛(ほんま もとひろ) 一般財団法人 日本気象協会 社会・防災事業部 専任主任技師 北海道生 北海道大学理学部卒業,東京大学大学院理学系研究科修士課程修了 京都大学防災研究所特任助教(非常勤) 静岡大学防災総合センター客員准教授(非常勤) 博士(工学) 技術士(建設部門:河川、砂防及び海岸・海洋) 気象予報士 |
以上
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