(エネルギー需要分析レポートVol.2)気象のプロが見る電力需要への新型コロナの影響 ~緊急事態宣言解除後、全エリアで電力需要は増加傾向~
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エネルギー需要分析レポートVol.1では、2020年4月~5月の日本の電力需要に対する新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大の影響について、気象の専門家の観点から考察をしました。この結果、緊急事態宣言の発表に伴う5月のエリア電力需要は「複数の電力エリアで通常時の約10%減」という解析結果となりました。
エネルギー需要分析レポートVol.1(2020.06.25発表)
気象のプロが見る電力需要への新型コロナの影響 ~電力需要は通常時の約10%減~https://www.jwa.or.jp/news/2020/06/10130/
今回は、緊急事態宣言解除後の5月下旬以降にスポットを当て、新型コロナウイルス感染拡大により減少したエリア電力需要が、緊急事態宣言解除後にどのように変化したか解説します。
1. 2020年6月は高温傾向 2019年を上回る電力需要となる日も見られる
6月14日に東北北部地方の梅雨入りが発表され、梅雨のない北海道を除いて全国で梅雨入りとなりました。梅雨入り後は蒸し暑い日が多くなり、夏に向けて気温が上昇するとともに、電力需要も日ごとに伸びていく期間となります。
図1は、2020年と2019年の5月~6月の東京電力エリアでのエリア電力需要と気温の変動を示したものです。関東甲信地方の梅雨入りは6月11日で、昨年より4日遅い梅雨入りとなりました。気温(図1・下)に着目すると、2020年5月~6月は5月第3週を除き平年より高温傾向でした。特に6月は2019年よりも2020年の方が高温傾向であり、通常時であれば2019年より電力需要が伸びる状況といえます。
次に、2020年と2019年のエリア電力需要の変動を比較すると(図1・上)、6月第1週までは2019年と比べて低い需要を示しますが、6月第2週以降は、2019年の需要実績を上回る日もあります。このことから、電力需要は2019年程度まで戻りつつあるように見えます。気温変化による電力需要への影響が大きくなるこの時期、気温による変動分を除いた場合、4月~5月の新型コロナウイルス影響により減少した需要はどの程度まで戻りつつあるのでしょうか。
2.全エリアで電力需要は増加傾向 新型コロナによる需要減少から脱したエリアも
ここで、気象影響を除いた新型コロナウイルスの影響によるエリア電力需要の減少幅を電力エリア別に見てみましょう。図2には、「新型コロナウイルス影響のない日合計エリア需要」に対する2020年の需要実績の割合を示しています。「新型コロナウイルス影響のない日合計エリア需要」は、気温と過去の需要実績(2016年~2019年)の関係に2020年の気温を当てはめることで、新型コロナウイルス影響がない場合の電力需要の大きさを独自に推定したものです。
図2から分かる通り、5月第2週には全ての電力エリアで需要が減少しました。東京電力エリアに着目すると、5月第2週には新型コロナウイルス影響で11%の需要減となっています。今回の分析の結果、6月第4週には4%の需要減となっており、5月第2週に比べて需要が戻っていることが分かります。
では、需要の戻りに電力エリアによる違いはあるのでしょうか。全エリアを比較すると、四国電力エリア・九州電力エリア・沖縄電力エリアでは需要の戻りが著しく、6月第4週には、新型コロナウイルス影響による需要減からはほぼ脱したといえるでしょう。これら以外のエリアでは需要の完全な戻りには至っていません。特に、中部電力エリアや中国電力エリアは、他エリアに比べて比較的需要の戻りが鈍い状況です。中部電力エリアでは、5月第2週時点で新型コロナウイルス影響により13%の需要減となっていましたが、6月第4週時点でも9%の需要減となっています。需要の戻りが鈍いエリアでは、大規模工場などの特別高圧需要の割合が相対的に高くなっています。国内外いずれの経済状況からも影響も受ける製造業では、現在も新型コロナウイルス影響で工場の稼働を一部取りやめているところもあり、その結果、他エリアに比べて需要の戻りが小さいと考えられます。
※特別高圧:大規模な工場など、大量の電力を使用する施設で用いられる7000V超の電圧(直流・交流)のこと。
3.エリアによって夜間の需要の戻り傾向に違い
日合計需要で見ると、気温による変動分を取り除いた場合でも、全エリアで電力需要は増加傾向であり、一部エリアでは6月第4週までに新型コロナウイルス影響のない需要程度まで戻っていることが分かりました。次に、時間帯別の需要の戻りの傾向を確認します。図3は、気温と電力需要の関係を示したものです。対象は東京電力エリアとし、2016年以降の月曜を除く平日各時間帯のデータを用いています。図3から、時間帯別に、気温による変動分を除いた電力需要の増減を見ることができます。
5月25日に緊急事態宣言が解除され、5月第4週~6月第3週は、全時間帯で週を追うごとに需要が増加していることが分かります。時間帯別に見ると、日中時間帯(15時、18時)では、6月第3週には過去の同時期程度まで需要が戻っている一方で、夜間(21時、1時)では、6月に入っても依然として過去の同時期より需要が低く、日中に比べて夜間の需要の戻りが鈍い状況です。この要因として、日中は工場やオフィスの稼働が平常時程度になることで需要が戻っていますが、夜間は飲食店や商業施設の休業・時間短縮営業が続いている影響により日中ほど顕著な需要の戻りが見られないと考えられます。
また、6月第3週までは需要が戻る傾向であったにも関わらず、第4週には戻りが鈍化していることも特徴として挙げられます。東京都では、6月24日に日ごとの新規感染者数が再び50人を超えました。人口流入データから見ても、6月第4週に入ると人口増加が見られなくなります。休業や外出自粛の解除を妨げる要因があったことが、需要の戻りの鈍化に繋がったと考えられます。
では、東京電力エリアで見られたような、「日中に比べて夜間の需要の戻りが鈍い」傾向は他のエリアでも見られるのでしょうか。
図4は四国電力エリアの気温と電力需要の関係を示したものです。図4から、四国電力エリアでは日中・夜間の需要の戻り加減に顕著な差は見られず、6月第4週にかけて全時間帯で過去の同時期程度まで需要が戻りつつあることが分かります。四国電力エリアと同様の傾向を示すのは、九州電力エリア・沖縄電力エリアです。それ以外のエリアは、東京電力エリアとおおむね同じく、日中に比べて夜間の需要の戻りが遅れる傾向を示します。この傾向の違いには、夜間の飲食店や商業施設における休業・外出自粛の緩和程度がエリアによって異なることが影響しているとみられます。
4.2020年夏は暑い夏 日中の需要は昨年並みまで伸びる可能性
6月12日には全国に先んじて沖縄地方の梅雨明けが発表されました。関東甲信地方の梅雨明け時期は、平年(7月21日)より遅れると見ています。
最新の気象庁3カ月予報では、7月~9月の気温は全国的に平年並みか平年より高くなる見込みです。太平洋高気圧とチベット高気圧の張り出しが強いため、梅雨明け以降は本州を中心に厳しい暑さとなるでしょう。再度の外出自粛・休業要請がないエリアでは、日中の需要は2019年の夏程度まで伸びることが予想されます。一方で大都市圏では感染者数が再び増加しており、今後の動向によっては再度需要が低下する可能性もあります。エリアによって新型コロナウイルスの需要への影響は異なりますが、日々の気象状況に対応して電力需要が変動する状況はどのエリアでも変わりません。1年で最も高需要となる夏に向けて、日本気象協会は今後も気象を切り口に電力需要の状況を注視していきます。
5.気象のプロだからこそできる高精度なエネルギー需要予測サービス
電力・ガスなどのエネルギー需要は、日々の気象変動・社会の動きと密接に関係しています。日本気象協会では、独自の気象予測データと長年培ってきたデータ分析技術を生かし、エネルギー需要の解析調査、またそれを踏まえた高精度なエネルギー需要予測サービスを提供しています。
今回ご紹介したのは、気温を切り口にエリア需要を分析した一例となります。電力を含むエネルギー需要に影響を与える気象要素は、地域や季節によって異なります。また、新電力会社の自社需要は、電圧構成だけでなく業種構成によっても日々の変動傾向や気象との関係が異なります。日本気象協会では、需要予測対象エリアの気象特性や、業種別の気象との関係性、さらには気象要素ごとの予測精度を考慮した上で、エネルギー需要を最も高精度に予測する手法の開発・運用、コンサルティングを行っています。
気象のプロだからこそできる高精度な需要予測サービスは、大手の電力会社・ガス会社、新電力会社をはじめとする多くのお客さまに導入いただいており、需給管理の高精度化・効率化に貢献しています。
※本文中の電力エリア名表記について、正式な名称は以下のとおりです。
・東京電力エリア:東京電力パワーグリッドエリア
・中部電力エリア:中部電力パワーグリッドエリア
・中国電力エリア:中国電力ネットワークエリア
・四国電力エリア:四国電力送配電エリア
・九州電力エリア:九州電力送配電エリア
一般財団法人 日本気象協会 環境・エネルギー事業部 エネルギー事業課 再生可能エネルギー推進グループ 気象予報士 渋谷 早苗(しぶたに さなえ) 神戸大学大学院(地球惑星科学専攻)修士課程修了。 電力・ガス需要の分析、日々の気象状況を踏まえたコンサルティングを行っている。 趣味は登山。山に登る時の天気は自分で予報する。 |